目的ありきのキャリア論⑥ 心理学から目的論を考える

ここまで目的から自分のキャリアを考えるということを書いてきましたが、これに関連して有名な2人の心理学者の主張を紹介したいと思います。

 

1人は、現在ビジネス書などで話題のアドラーです。

彼は心理学を原因論ではなく目的論で説明したことで知られています。

アドラーは「トラウマは存在しない」といっていて、過去の原因から現在の自分を規定してはいけないと主張しました。

そうすると過去にだめな経験があると、それを引き継いでいる今の自分もできないに違いないということになってしまうわけです。

でも過去の自分と今の自分は別人ですし、考える対象とするべきなのは過去ではなく未来の自分です。

未来の自分はこういう人間になってこういうことを成し遂げている、だから逆算して現在の自分はこれをやらないといけないという、これが原因論ではない目的論の考え方です。

 

またアドラーは「承認欲求を捨てるべき」と主張したことでも知られます。

たしかに承認欲求に囚われすぎると、自分がどうしたいかよりも他人にどう見られるかを優先することになってしまいます。

キャリアを考えるうえでも、世間体を気にして会社を選ぶよりも自分のしたいことを考えるべきであり、アドラーの考えには納得できます。

 

しかし人間である以上は、承認欲求を完全に捨て去ることはできません。

承認欲求を抑えながら上手いこと付き合っていくことを目指す方が現実的な気がします。

そこでもう一人紹介したいのが、欲求階層説を唱えたマズローです。

 

マズローがいうには人間には最下層から最上層に向かって、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求が存在し、さらにその上に自己超越の欲求があります。

最下層から1つずつ欲求が満たされると次の欲求が現れてくるイメージです。

このマズローの説が正しいとすれば、承認欲求が満たされてもそれだけで人間は幸福になれないということになります。

キャリアにおいて目指すべきはその先にある、自己実現欲求、さらに自己超越の欲求です。

 

欲求階層説では、自分軸で成し遂げたいと思ったことをやり遂げる、さらに自分だけでなく他人も喜んでくれることをやるというのが人間の最終目標としてそびえています。

ということは「お金持ちになりたい」とか、「他人が羨む地位を得たい」というのはその手前の欲求であり、キャリアの目的としては不十分だということになります。

キャリアを考えるうえでは自分軸で他人のためになる目的こそふさわしいということです。

 

しかしマズローは、もう1つ大事なことを教えてくれています。

それは途中経過としては承認欲求などの欲求は満たさないといけないということです。

目的が自己実現、自己超越だとしても他の下にある欲求を飛び越えてそこに行き着くことはできません。

あくまでこれらの欲求は最下層から順番に満たしていかないといけないものです。

ということはアドラーの承認欲求を捨てろという意見は、無理があることになります。

 

人間である以上、承認欲求は当然あるのです。

それは金欲だって同じことで、お金を稼ぐのが目的になってはならないとしても、だからといってお金を稼ぐなというのは暴論です。

承認欲求も同じように考えるべきです。

つまり承認欲求を満たすのが目的であってはなりませんが、手段として承認欲求は適度に満たしておくべきです。

 

仕事においていうならば、例えば職場以外のコミュニティで承認欲求を満たしておくこともできますし、職場でもすべての人に嫌われては何もできなくなってしまいます。

あくまで自分のメンタルを害したり仕事に支障を来さない範囲で承認欲求を満たしておき、そのうえで自分の目的に邁進していくのが理想的です。

 

繰り返しになりますが、承認欲求を満たすことを目的にしてはなりません。

承認欲求だけを動機にしてしまうと、他人に攻撃的になる原因にもなります。

劣等感から誰かを追い落とそうとしたり、自分のことを認めない人をなんとか認めさせようと躍起になったりすることが、過度な承認欲求から起こってしまいます。

そもそもすべての人から好かれて認められるというのは不可能だと理解するべきです。

人間それぞれ違うのだから一定数は自分のことを理解しない人もいると分かっていれば、それを許せないなどと思わないでしょう。

 

それでもある程度承認欲求は満たさないといけないとなると難しく感じますが、「受け取る」ことではなく「与える」ことで承認欲求を満たすことを目指せばいいのではないでしょうか。

誰かに認めさせるとかすごいと思ってもらうのではなく、誰かに喜んでもらって自分の承認欲求を満たすという発想にすることです。

それなら他者貢献のために立てた自分の本来の目的を進めながら、承認欲求を満たすことができるはずです。

 

僕は人生においては他者からの承認よりも自分の目的が大事だと思っていますが、だからといってわきめもふらず目的だけを追っているといつか余裕がなくなってしまいます。

崇高な理想を追いかけることも必要かもしれませんが、ときどき自分の中の俗っぽい感情にも目を向けて満たしてあげることが、結局は目的への近道になるはずです。